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浅田智郎プロフィール
1960年神戸市生まれ。出版社、編集プロダクションを経てフリーのコピーライターとして、あらゆる雑文を手がける。
自らを「売文屋」と名乗るように、売れるコピーしか書かない。2005年、人妻デリヘル「東急沿線の従順な人妻たち」と出会い、酒井店長とも親交を持つ。好きな作家は、丸谷才一、杉本秀太郎、別役実など。
「浅田智郎の昼下がりの愛人学」〜半日愛人契約のすすめ〜
愛人を持つことは、今も昔も男の夢である。映画「Always 3丁目の夕日」の時代設定である昭和30年代半ばまでは、妾(めかけ)、手掛け、囲われもの、情人(いろ、まぶ)という言葉にふさわしい愛人が、世間の目をはばかりひっそりと生きていた。俺は子供ながらに知っていた。一人暮らしの叔母の家の二階に間借りしている30代の女が、さるひとのお手掛けさんであったことを。
いつ来るかもしれない旦那に操を立て、男が妾宅に訪ねてくることをひたすら待つだけの生活。そして、男が来れば必ずその情欲を受け入れ男に尽くす、性の奉仕はもちろん、身の回りの世話もいとわなかった愛人たちが・・・。しかし昭和40年代以降、性の自由化がごく普通のものとなってからは、それらの女たちは姿を消していく。妾は愛人と呼ばれ、女のビジネスとして、愛人関係は男から女への経済支援、男と女の経済契約の別称と成り下がっていく。
存在の呼び名が変われば、その様態も変わる。
妾、手掛け、囲われもの、情人という言葉から醸し出される“忍んで生きる”という覚悟と密やかな情感は消え行き、妾宅も木造の小邸な家屋から小奇麗なマンションの一室に姿を変える。紙・土・木からなる和室に備わった音響効果は失われ、吸音効果のないコンクリートとビニールクロスの箱の中で、女の声がキンキンと耳にうるさく反響する。
で、現代といえば、頭の弱そうなキャバクラ上がりの女でさえ、愛人契約となれば、月2〜3回の関係でマンションの家賃も含んで50万ぐらいは平気で要求する時代。ちょっと気の利いた女を愛人にしようものなら、都内一等地の瀟洒なマンションの家賃に加えて、ワードローブや装身具のお手当てに、エステサロン代からカリスマ美容師指名代金まで、なんだかんだで、あっという間に毎月100万は消えていく。あなたが、年収2000〜3000万の成功者であったとしても、愛人を持つことは無理が多すぎるのだ。
そこで俺は考えた。高品位デリヘルの女を“半日愛人”にすることを。
「昼下がりの愛人学」
〜半日愛人契約のすすめ〜その1として「目黒の女」を紹介する。
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2007年12月10日
目黒三田・丸谷坂
売文屋 浅田智郎
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